私が第一子の息子を出産したのは数年前の3月で、その時のおぼろげな記憶をたどってブログに残す。これから新中野女性クリニックで出産するあなたの参考になれば。
当時の私のスペック。
・年齢・体質:38歳、BMI 28以上、子宮筋腫あり、子宮頸部のレーザー治療済み。
・分娩方法:第一子で自然分娩(最初は無痛分娩の予定が、4月からの出産一時金増額でしれっと10万円値上げしたので、安い自然分娩に変更。予定日3月なのに。ケチ!)
・経過:31週から切迫早産で自宅安静、39週で出産。
新中野女性クリニックの院長スペック。
・特徴:名物・体重管理の鬼院長。
・診察:早口で何を言っているのかわからない。高圧的な話し方で質問しづらくコミュニケーションが難しい。
・技術:オペの腕が本当によくて、会陰切開&縫合の痛みゼロ。本当に痛くない無痛分娩が定評あり。
・名言:「胎児に必要な葉酸、鉄分、カルシウム、DHA、たんぱく質 以外摂るな!痩せろ!」
⇒妊娠初期のお言葉。赤ちゃんのために。と言い訳しながら食べまくっていた私に突き刺さる。
・「妊娠中から子育てが始まっていて、今のあなたの役割はお腹の赤ちゃんを大きく育てること」
⇒切迫早産で自宅安静中のときのお言葉。
これから陣痛から出産までの状況を書くけど、私は当時坐骨神経痛を患っていて、陣痛よりそちらの方が痛くて、途中まで陣痛を腰痛だと思っていたので、ご注意ください。
出産前々日
妊娠中はなぜか軽かった花粉の症状が現れ、クシャミが止まらない。入浴時、腹が重すぎて身体を洗うことができず、風呂しか入れず
出産前日~当日
・01:00
寝るが2時間おきくらいにトイレで目覚める。 寝る向きを変えるだけで坐骨神経痛が激痛で眠れない。
・05:00
完全に目が覚め、朝7時に今までの粘膜液のような血ではなく、鮮血が出ておしるし。
・12:00
出血が止まらないので、病院に電話して入院の相談をするも無理。陣痛がきたら、10分の陣痛・5分の陣痛で電話しての一点ばり。
・17:00
近所を散歩するも腰が痛すぎて、まともに歩けない。こんなに長く続く腰痛はおかしい!陣痛だ!と気づく。(遅)
・23:00
陣痛10分間隔になったので、病院に電話した。5分間隔になったら、もう一度電話してほしい、と。!とっとと入院させろ!鬼!
・00:15
陣痛が5分間隔になったので、病院に再電話→タクシー拾って病院へ。

奥が分娩室
・00:30
病院到着。子宮口6~7センチ。看護師に、ここまで頑張ってくれて助かった!と褒められたのと同時に痛みに強いんですね!と感心された。喜んでいいのやら複雑な気分のまま分娩台へ。
・01:00
コロナ禍でマスク着用し、立会なしで出産になったんだけど、マスクがあると激ブス全開で気張ってる顔を見られなくていいから意外と安心感がある。で も、膣部以外は力を抜けと言われ、激痛の中で踏ん張りながら顔は無表情に保つのは至難の技。無理。
・01:15
ドバーッと破水して、子宮口8センチ。2~3分起きの地獄の陣痛。深夜なのに泣き叫ぶ。陣痛があまりにも痛くて叫びまくっている私を見かねた助産師から、スマホを貸してと言われて、膣の付近を撮影される。
スマホで、赤ちゃんの頭が映っている動画を見せられながら、「もうすぐですよ」と勇気づけられたが、自分のグロッキーな股間を見せられて、複雑な気分。
・04:30
最後の踏ん張りで、身体が痛すぎて意識不明に。猛烈な便意で起きたら、目の前に鬼院長が立っていた。
私「う〇こが!う〇こが出る!」
院長「そんなに力むと赤ちゃんが苦しいからリラックスして」
そうか。子どもを産む瞬間は、う〇こが出る感覚とそっくりだという意外な発見をしたのもつかの間、サクッと会陰切開されて無事に出産。泣き叫ぶわが子を初めて抱いた瞬間、とっても不思議な気分だった。
意外と、あんなにも怖かった会陰切開が全く痛くなかったのと、縫合する時も本当に痛みがなかった。先生の腕は間違いなくいい。
後で助産師に聞くと、最後の15分くらい意識不明が、その時間もしっかりと会話をしていたらしい。シラフで二重人格の体験ができるとは思いもしなかった。
母乳をあげたあと、赤ちゃんは新生児室へ。24時間以上前から陣痛で眠れずに疲労困憊していた私は、ようやく少し寝かせてもらうことにした。
助産師たちの印象に残っているお言葉
・「助産師に、院長が来たら「痛い!」とか言わない方がいいですよ。「無痛にすればよかったのに」って言われます。」と言われて、深夜の出産だし、鬼院長は機嫌悪いんだ・・・と、身構えた。
・実際に、助産師が院長に叱られている姿を目の当たりにして、出産した喜びに集中できず。最後まで気ぃ使い屋が翻弄されたお産だった。

入院した部屋の前
次回は、入院編!
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